
「事戸を渡す」という言葉は、
日本神話の中で用いられているものですが、
最近ではドラマ『全領域異常解決室』で
頻繁に用いられたことで注目されました。
この記事では、「事戸を渡す」「事戸渡し」
という言葉の意味について
わかりやすく解説していきます。
・「事戸を渡す」の意味
①古事記と日本書紀における意味
②ドラマ全領域異常解決室における意味
・事戸渡しによって神は人間になれるのか



「事戸を渡す」の意味(古事記・日本書紀)



まず『古事記』の中で、
「事戸を渡す」という表現が使われている
部分を引用して確認してみましょう。
『古事記』の「事戸渡し」
【書き下し文】
『古事記』より引用
最後にその妹伊邪那美命、身自ら追ひ来りき。ここに千引の石をその黄泉比良坂に引き塞へて、その石を中に置き、各対ひ立ちて事戸を度す時、伊邪那美命言さく、「愛しき我がなせの命かくせば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」とまをしき。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「愛しき我が汝妹の命、汝然せば、吾一日に千五百の産屋を立てむ」とのりたまひき。
【現代語訳】
最後に、イザナミが黄泉の国から追いかけてきた。そこでイザナキは、巨大な千引の岩を黄泉比良坂に据えて、その岩を間にはさんで二神が向かい合って、夫婦離別の言葉を交わすとき、イザナミが申すには「愛しい我が夫がこんなことをなさるなら、私はあなたの国の人々を一日に千人死なせましょう」と申した。するとイザナキがおっしゃるには「愛しい我が妻よ、あなたがそうするなら、私は一日に千五百の産屋をたてるでしょう」とおっしゃった。
夫イザナキは、死んだ妻イザナミに
生き返ってほしくて、黄泉の国を訪問しました。
ところが、イザナキはそこで
腐乱したイザナミの肉体を見てしまい、
驚いて現世まで逃げ帰ってきたのです。


黄泉の国と現世の境目に位置する
黄泉比良坂で巨大な石を間に挟んで、
イザナキはイザナミに事戸を渡したのです。
「事戸を渡す」とは離別の呪言を言う
という意味で用いられています。
生きているイザナキは、
死んだイザナミに離別の言葉を吐いた
ということです。
事戸を渡されたイザナミは
次のようなことを言います。
「愛しい我が夫がこんなことをなさるなら、
私はあなたの国の人々を一日に千人死なせましょう」
それを受けてイザナキは、
次のように応酬しました。
「愛しい我が妻がそうするなら、
私は一日に千五百の産屋をたてるでしょう」
イザナミが死んで、
生きているイザナキと別離することにより
世の中には生と死の区別が誕生しました。






『日本書紀』の「事戸渡し」



『日本書紀』でも『古事記』とよく似た
物語が語られていますが、表記が異なります。
「事戸を度す」ことを『日本書紀』は、
「絶妻之誓建す」と」表記しています。
「絶妻」という文字通り妻との離縁を
成立させるという意味がよくわかりますね。
「コトドヲワタス」は
『古事記』も『日本書紀』も同様に
生者であるイザナキと、死者イザナミが
別々の場所に住むことを宣言する儀礼となっています。



考古学的に見る「事戸を渡す」
考古学の領域では、
イザナミの行った黄泉の国は
横穴式石室(古墳)の内部のことを指していると
言われています。
近年の発掘研究により、
古墳の玄室(墓室)を閉じるために
閉塞石が積み上げられていたことがわかっています。
この閉塞石が神話で言うところの千引の石であり
閉塞石を積む祭祀儀礼が
実際の「事戸渡し」であったと考えられています。






黄泉国 = 横穴式石室
についてはこちらの記事でも述べています。


「事戸を渡す」の意味(ドラマ全領域異常解決室)
2024年10月9日から12月18日までフジテレビ系で
放送されたドラマ『全領域異常解決室』では、
「事戸を渡す」という言葉が頻繁に用いられました。



ドラマでは、「事戸を渡す」は
神様の魂が宿った人物に対して、
神様としての記憶を消すという意味で使われていました。
神としての記憶が消された上で、
その人間が殺害されると
太古から生き続けてきた神様の魂が
消滅してしまいます。
神様が消滅してしまうと、
その神様が宿っていた肉体は衣服を残して
消えてしまいます。
雨野小夢(演:広瀬アリス)は
女神・アメノウズメノミコトの魂を
宿していましたが、
事戸渡しをされて神の記憶を失い、
普通の人間として生きていましたね。



『古事記』『日本書紀』の「事戸渡し」は
死んでしまった神に対して言う
別離の呪言という意味で使われています。
それに対して、ドラマ『全領域異常解決室』では
神の記憶を消去するという意味で使われています。
意味がかなり異なりますね。



「事度渡し」をすると神が人間になるのか?






日本神話では「事戸渡し」された神イザナミは、
既に死んでおり、そのまま黄泉の国の住人となっています。
そもそも「事戸渡し」というのは、
夫が死んだ妻に向かって言う別離の呪言という
意味で使われており、ドラマのような
「神の記憶を消す」という意味ではないのです。
ドラマのオリジナルの設定が多いことに注意が必要です。
この記事では、「事戸を渡す」という表現の意味について
解説しました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。